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マイケル・コリンズ 特別版

 イギリスの圧政に苦しむ祖国アイルランドの自由を獲得するため、31年間の生涯を戦い続けた男、マイケル・コリンズ。IRAの創始者と呼ばれ戦術の神、暗殺者と呼ばれた彼の前にアイルランドは700年に及ぶイギリスの支配から開放される。この映画はマイケル・コリンズの戦いと彼の悲劇を描いた大作。主演のリーアム・ニーソンはこの映画でベネチア映画祭グランプリと最優秀主演男優賞を受賞。

 ………(T^T)。文句無しに良い映画です。はっきり言って、それ以上書く気が無くなる位に。う〜ん、どんな言葉を使っても陳腐になってしまう気がするんですよね。ただ言えるのは熱い映画です。こういった戦争モノ(?)ってのは人の生き死にがはっきり描かれる分、そう感じる傾向が強いのだが、この映画ではそういった感じが特に強い。それはもしかすると主演のリーアム・ニーソンの魅力なのか、それともマイケル・コリンズと言う実在の英雄の魅力だったのだろうか?………わからないが、少なくとも2人ともに魅力的だった。

 リーアム・ニーソンは決して格好いい男ではない。大柄で無骨で洗練されていない、正直そんな顔。すっごく失礼な言い方をしてしまうと、便利だけど誰もそのスタイルを気にしない、そう家庭にある冷蔵庫のような印象を受ける。でも一度マイケル・コリンズとして演技をはじめると、目が離せない。そして彼の魅力がひしひしと伝わってくるのだ。(これはSWエピソードTのクワイ・ガン・ジン役を見たときにも感じた。)

 彼の演じるマイケル・コリンズもまた(作中では)特別な人物ではない。人より優れた何かがあった訳ではないが、その分誰よりも覚悟を決め自分が信じることを徹底して行った、ただそれだけであった。祖国を統治するためにイギリスより派遣された役人達に対抗するため、暗殺を繰り返す。多分イギリス軍に対抗できるだけの武力があれば彼は軍隊を使っただろう、しかしそんな恵まれた状況が無かったからこそ彼は暗殺を繰り返した。アイルランドの街中を自転車で走り回り、イギリスの役人達を標的にしていく。物凄く実際的な男だった。

 しかしそんな彼の行為が次第に自身を追い詰めていく。彼は実働部隊の長として、誰よりも有能な手腕を見せたが、それは彼らの(解放運動)リーダー、イーモン・デ・ヴァレラ(アラン・リックマン)の警戒を生む。当時彼の行う工作はなかなか実を結ばない。当然のことだ。イギリスとしては自国の利益を守るためにも、アイルランドは切り離すことの出来ない重要な領地であったのだから。しかしそこに正体のわからない暗殺者のリーダー、マイケル・コリンズの存在が浮上してくる。占領政策を行うためにいくら人員を送り込んでも、コリンズに殺されてしまう。報復をしようにもコリンズの正体はわからない。結局、イギリスはコリンズの存在ゆえに休戦を受け入れる。結果、ヴァレラは追い詰められてしまった。

 国内の民衆はヴァレラの名を称える裏でコリンズこそ真の英雄だと認めている、そう思うようになってしまったのだ。ヴァレラとコリンズは次第に溝を深めてゆき、アイルランドは分裂してしまう。祖国の独立のためにその手を血で染めたコリンズは、皮肉にも今度は同胞の血を流す戦いへと進んでいく。彼は言う。「俺は人を殺すのが上手い。しかし殺したいから殺しているのではない。」と。(←作中の台詞そのままではない)

 戦争のさなか、親友のハリー・ボーランド(アイダン・クイン)が死に、キティ・カーナン(ジュリア・ロバーツ)との結婚が押し迫る中、コリンズはヴァレラ派との休戦協定に赴く。戦争に疲れ果てた男は休戦交渉の地、故郷へと急ぐ。そこに待っている未来を知らず。

 エンドロールでヴァレラは語る。マイケル・コリンズの名は自分の愚かさ共に忘れられることは無いのだと。

MICHAEL COLLINS(1996米) 132分
製作:スティーブン・ウーリー
監督・脚本:ニール・ジョーダン
撮影:クリス・メンゲス
音楽:エリオット・ゴールデンサル
出演:リーアム・ニーソン、アイダン・クイン、ジュリア・ロバーツ、アラン・リックマン・スティーブン・レイ他
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マグノリア

 さて、その「マグノリア」だが、3時間は長すぎっ!勿論、全部の情報を理解して納得できた観客には長いとは感じられないのだろうが、残念ながらワシには意味不明の部分が多かった。冒頭、古ぼけた記録映画みたいなシーンがあって、偶然の事象が事件性に発展することがあるだとか、延々と述懐させられる。そうなってくると、一つの事件が

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マジェスティック

 この映画は一般的には「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」を生み出したフランク・ダラボンの作品ということで知られている………というより凄く話題になったね。しかしワシはジム・キャリー主演というところしか目に入らなかった。(少なくとも最初は)
 内容は単純。ハリウッドの脚本家ピーター(ジム・キャリー)が事故に遭って記憶喪失になり、ローソンの町で戦死したと思われていたルークと間違われてしまう。記憶のないピーターはルークとして生きる間に人間性を取り戻してゆく(より豊かな人間になる)。
 で、映画鑑賞1回目の感想。凄く映画館に行きたくなる映画です。「映画館には魔法がある」と語ったハリーの言葉に代表されるように、映画を愛してやまない人間たちの心情が伝わってきます。だからハリーとルークがマジェスティックを再開しようと頑張っているところはドキドキと興奮して観ていました。そしてジム・キャリーの演技も秀逸。くど過ぎず、思い入れたっぷりにローソンの住人になっていく。<最初はキザったらしく落ちぶれていく、ただの兄ちゃんだったのに。
 ルークとして生きる間に父親のハリーや、婚約者のアデルをはじめとする町の人たちの触れ合いの中でルークの生き方を理解していくピーター。しかしピーターであることを思い出す頃には悲しい別れが待っていた。
 で、2回目の感想。蛇足って言葉を教えてあげたいが、まぁわかっているんだろうね。この映画の背景には時代的な風潮であったアカ狩りがある。ピーターの用意していた次回作が多分に共産主義的な色彩を含んだ物であるとして、政府にマークされてしまう。最終的にピーターは裁判によって政府と対峙する事になるのだが、このこと自体はあまり掘り下げられていないためになかなか共感が難しい。もちろん記憶喪失になっていた期間が長いせいもあり仕方のないことなのだろうが、やはり余計に感じてしまうのだ。あえて作中のピーターの言を借りるなら「何ていうか……その……見事にサイテーだ」だろう。やはりアメリカの戦意高揚期間に作られているから仕方ないのだろうか………残念。
 間違っても感動大作じゃないが、個人的には前2作よりもこの作品のほうが共感がもてます。へそ曲がりゆえの意見かもしれませんが……。

The Majestic (2001/米)
製作総指揮 ジム・ベンケ
製作:フランク・ダラボン
監督:フランク・ダラボン
脚本:マイケル・スローン
撮影:デビッド・タッターサル
美術:グレゴリー・メルトン
音楽:マーク・アイシャム
衣装:キャリン・ワグナー
出演:ジム・キャリー / ローリー・ホールデン / マーティン・ランドー / デビッド・オグデン・スティアーズ / ジェフリー・デマン / ジェームズ・ホイットモア / チェルシー・ロス / マット・G・ウィーンズ / アレン・ガーフィールド / ロン・リフキン / ボブ・バラバン / ハル・ホルブルック / スーザン・ウィリス / ゲリー・ブラック / キャサリン・デント / ブライアン・ハウ / カール・バリー / ブレント・ブリスコー / アマンダ・デトマー / ブルース・キャンベル / クリフ・カーティス / ダニエル・フォン・バーゲン / ショーン・ドイル

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壬生義士伝

 あ〜〜これは劇場で観たかったなぁ。いや、観なくて正解か?ボロボロと泣いてしまって後半は見ているのが非常に辛かったです。
 特に前半に吉村貫一郎のコミカルな言動と、時折見せる武士の矜持に完全に惹きこまれてしまっていたのでなおさらでした。家族のため、金(食い扶持)の為に脱藩し、人を斬る。主演の中井貴一が泥臭く気の効かない吉村役を好演。観る前はあまり期待していなかっただけに、この中井貴一の演技に惚れ惚れとしてしまいました。
 まぁ2度目を観た時にもっと補足する事にします。

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メメント

 2回観てないのであまり正確なことは………って、「アメリカン・サイコ」の教訓。
 結構面白いというか、かなり真剣に見入ることになる映画です。主人公は最愛の妻が殺された時に受けた脳の衝撃で、短期的な記憶障害が発生。驚いたことに数分前の記憶がなくなってしまう。こういう障害は実際にあるという話なのだが、恥ずかしいことにワシは始めて聞く話で、自然とガイ・ピアーズ演じる主人公レナードの話を聞きいることになる。彼がこの障害を克服するために必携するツールはポラロイドカメラとペン。目に付いたものをカメラで撮り、その余白にメモを残すのだ。数分後に自身の記憶が無くなっても、それを見ることによって人物や建物、状況を理解するために。レナードには何よりも大事な目的がある。妻を殺した男への復讐がそれなのだが、やはり記憶障害が問題になる。そこで彼はメモをとるのだ。レナードの話にはよくサミーの話が出てくる。保険の調査員時代の顧客であり、自分と同じ障害を負った男の話だ。サミーはメモはとるが、それを管理できない。その轍を踏まないためにレナードは自らの体に必要事項を刻み込む。刺青という形で。
 で、映画の本編なのですが、面白い事にどんどん話が遡っていくんですよ。最初のシーンは誰か(多分ジョン・ギャメルだろう。彼を暗示させる品が幾つか見られる。)が倒れていて、どうやら彼を撃ったのが自分であるという状況。そこから逆回しに映像が流れてゆき、少しずつ時間というかシークエンスが巻戻る。お蔭で前に見た状況の前段階がだんだんとわかっていくのだけど、これが秀逸!例えばキャリー・アン・モス演じるナタリーが鼻血を出して「ドッドに殴られた!」なんて言ってるシーンでは、それまでにナタリーに同情したレナードがドッドを町から追い払うシーンを見ているだけに何の疑問もなく観てしまった。しかし次のシークエンスではナタリーはレナードに殴られている。………あれ?一旦外に出て車に乗ったナタリーはしばらくの間を置くと家に戻り、レナードに前述の台詞を告げる……………すげー!!見事に騙されてしまいました。
 こんな新鮮な驚きに満ちた時間を提供してくれるのがこの映画の醍醐味。DVDの特典には時間軸を正しいものにしたものがあるそうだが、果たしてそうなると面白いかどうかはかなり疑問。でもちょっと観てみたい気も………
 やっぱ「Trap-TV」を思い出すんだよなぁ……………また観たいよ(脱線)。(T^T)

 2回目観終わった………しかし普通は時間を置くものなのだが………えっと、未だに謎が残る。謎1.なぜレナードはジミーの服に着替えたのか?謎2.ラスト直前の回想シーン(らしきところで)でレナードの左胸に「I'VE DONE IT」と刺青が施されているのは何故か?………公式BBSを見ると妄想or願望という意見が多いのだが……
 ついでに理解したことを書くと、サミーがレナードの想像の産物(もしくは同一人物)であることはどうやら確実。それを暗示させるようにサミーの顔がレナードの顔に変化するシーンがある。さらにサミーは基本的に過去話なのでモノクロ画面でしか登場しないが、インシュリン注射をする場面で1カットだけカラー画面が存在する。(カラー画面は現在のレナードに関する映像のはず)

Memento(2000/米)
製作総指揮:クリス・J・ボール / アーロン・ライダー / ウィリアム・タイラー
製作:スザンヌ・トッド
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:クリストファー・ノーラン
原案:ジョナサン・ノーラン
撮影:ウォリー・フィスター
美術:ダニエル・バーマン
音楽:デビッド・ジュリアン
衣装:シンディ・エバンス
出演:ガイ・ピアース / キャリー・アン・モス / ジョー・パントリアーノ / マーク・ブーン・ジュ ニア / スティーブン・トボロウスキー / ジョージャ・フォックス / ハリエット・サンソム・ ハリス

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